大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)11137号 判決

原告 清川銀浩

右訴訟代理人弁護士 湊谷秀光

被告 株式会社東海銀行

右代表者代表取締役 水谷研治

右訴訟代理人弁護士 松嶋泰

同 山田宰

同 雨宮英明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告秋葉原支店に通知預金として二〇億円を預金していた原告が、その後、同支店の支店長代理が事前に原告から交付を受けていた預金払戻・解約請求書を使用して右預金全額を払い戻したことから、主位的に、右支店長代理に原告を代理する権限がなかったから、右預金の払戻しは無効であるとして、被告に対し、右預金の一部一〇〇〇万円の支払を求め、予備的に、右支店長代理は原告を代理する権限なしに右預金の払戻しを受けて、これを自己のために着服費消したものであり、右行為は銀行員としての職務の執行につきされたものであるとして、被告に対し、民法七一五条一項に基づき、その損害の一部として一〇〇〇万円の賠償を求めたものである。

本件の主な争点は、右支店長代理の右預金払戻しの代理権の有無である。なお、被告は、仮定的に、他から譲り受けた債権を自動債権とする相殺の抗弁を主張している。

一  基礎となる事実

1  当事者及び関係者

(一) 原告は、昭和六〇年ころから、飲食店のチェーン店を営む株式会社一休(以下「一休」という。)及び金融業を営む大康ファクター株式会社(以下「大康ファクター」という。)の代表取締役として、右各会社を経営しているものである。(甲一六、原告本人)

(二) 被告は、銀行業を営む株式会社であり、森本亨(以下「森本」という。)は、被告の行員で、昭和六一年五月ころから平成三年六月ころまで被告秋葉原支店に勤務し、平成元年六月ころから同支店の支店長代理の地位にあったものである。(証人森本、弁論の全趣旨)

2  本件通知預金

(一) 原告は、平成元年一一月三〇日、協和商工信用株式会社(以下「協和商工信用」という。)から二〇億円を借り入れ、同日、右借入金を原資にして被告秋葉原支店に二〇億円の定期預金をした。

(二) 原告は、平成二年二月二八日、右定期預金を解約して、協和商工信用に対し右二〇億円の借入金の返済をした上、同日、協和商工信用から、改めて二〇億円の借入れをし(以下「本件二〇億円の借入れ」という。)、右借入金を原資にして被告秋葉原支店に二〇億円の定期預金(以下「本件定期預金」という。)をした。

(三) 原告は、同年三月二七日、本件定期預金を解約し、その払戻金を原資にして、被告秋葉原支店に二〇億円の通知預金(口座番号一二七九七七)をした(以下「本件通知預金」という。)。(以上の事実から、本件通知預金の点は争いのない事実。その余は、甲一六、乙四の1、2、五、証人福島志津雄(以下「証人福島」という。)、原告本人)

3  本件通知預金の払戻し

森本は、同年四月三日、あらかじめ原告から届出印の押なつを得て交付を受けていた預金払戻・解約請求書(乙三)を使用して、本件通知預金全額の払戻しを受けた。(払戻しの点につき、争いのない事実。その余は、甲一六、乙三、証人森本、原告本人)

二  争点

1  森本の本件通知預金払戻しの代理権(被告の抗弁)及び払戻金の使用権限の有無

(一) 被告の主張

本件通知預金払戻しの手続は、森本が原告の代理人として行ったものである。そして、原告は、森本に対し、本件通知預金の払戻しに関する代理権を授与するとともに、払い戻した金員を森本において自己の裁量で使用することについて承諾を与えていた。このことは、次の事実から明らかである。

(1) 原告は、昭和六三年ころ森本と知り合った後、森本のあっせんにより、同年四月ころから平成二年一一月ころまでの間、株式会社日本プレシジョン(以下「日本プレシジョン」という。)ほか数社から、合計八〇億円もの融資を受けている。

(2) 原告は、森本から右のような融資のあっせんを受けた見返りに、森本の依頼で、被告秋葉原支店に数回にわたり協力預金をしたが(本件通知預金もその一つである。)、その手続等はすべて森本に任せていた。

(3) 原告と森本は、右のような関係から、個人的に極めて親しくなり、原告は、森本に対し、被告秋葉原支店の原告名義や一休名義の預金通帳を預けたり、用途も聞かないで預金の届出印を押なつした複数枚の預金の払戻請求書を交付するなどし、森本が原告の個人名義や一休名義の預金口座を自由に使用することができるようにしていた。

そのようなことから、森本は、本件通知預金払戻しにより取得した金員のうち五億円を、一休が平成元年七月三一日に株式会社セントラルファイナンス(以下「セントラルファイナンス」という。)から借り入れた五億円の返済に充てており、また、一休が平成二年一一月二一日に株式会社日貿信(以下「日貿信」という。)から借り入れた三〇億円を原資にして被告秋葉原支店に協力預金した通知預金三〇億円についても、森本が同月二八日にその解約をして、翌二九日、大康ファクターの株式会社エムアンドエム(以下「エムアンドエム」という。)からの借入金一〇億円の返済に充てている。

(4) 原告は、前記一2(一)の定期預金をした平成元年一一月三〇日ころ、森本に対し事前に複数枚の預金払戻請求書を交付している。

(5) 原告は、平成二年一一月ころ、税務調査を受けた際、税務署員から指摘されて、本件通知預金が解約されて払戻しされていることを知りながら、森本に対し、その使途などについて深く追及していない。

(二) 原告の主張

被告の主張は争う。

(1) 被告の主張(1)のうち、原告が森本のあっせんにより日本プレシジョンほか数社から、融資を受けたことは認める。

(2) 同(2)の事実は認める。

(3) 同(3)のうち、原告と森本が親しくなったこと、一休が平成元年七月三一日にセントラルファイナンスから五億円を、平成二年一一月二一日に日貿信から三〇億円をそれぞれ借り入れたこと、右三〇億円を原資とする通知預金がされたことは認めるが、その余は否認する。

一休がセントラルファイナンスから借り入れた五億円については、一休は、その返済のために、平成元年一二月二五日に四億円の、平成二年一月二九日に一億四四四一万三六六四円の各預金小切手を森本に交付しており、それにより全額返済されているはずのものである。また、日貿信からの借入金を原資にした通知預金三〇億円については、日貿信のために質権が設定されていたから、その払戻しに原告は何ら関与していない。

(4) 同(4)のうち、平成元年一一月三〇日ころ、森本の手元に複数枚の原告の預金払戻請求書があったことは認める。しかし、これは、原告が森本のあっせんにより他から融資を受けて被告秋葉原支店に協力預金をする場合、右協力預金について右融資先のために質権を設定する関係上、その手続のために複数枚の預金払戻請求書が必要とされたからにすぎない。

(5) 同(5)のうち、原告が、税務調査を受けた後、本件通知預金を森本が払戻しを受け費消していることを知ったこと及びそれについて森本を深く追及しなかったことは認める。しかし、それは、森本が善処を約束したこと、税務当局がそのことを知っている以上、被告も当然了知していると考えたこと、融資のあっせんで世話になっていた森本の立場を考えたことなどによるものである。

2  本件通知預金の払戻請求の信義則違反の有無(被告の抗弁)

(一) 被告の主張

本件二〇億円の借入れは、本件通知預金に協和商工信用のために質権を設定することを条件にされており、原告は、本来、右二〇億円の借入れについて協和商工信用に全額返済して質権の解除を受けない限り、本件通知預金の払戻しを受けられないものである。

それを、原告は、一方で、本件通知預金には質権が設定されていたはずであるとし、いまだ右二〇億円の借入れの返済がされていないから右通知預金は解約されていないはずであるとして、その払戻しを請求し、他方で、右通知預金には質権が設定されていないことを前提として、右二〇億円の借入れについて返済しないまま右通知預金の払戻しを請求するものであるから、その主張自体矛盾しており、右通知預金の払戻しを求める本訴請求は、信義則に違反し、許されない。

(二) 原告の主張

争う。

3  森本の不法行為及び被告の使用者責任の有無

(一) 原告の主張

(1) 森本は、本件二〇億円の借入れをして本件定期預金をし、さらに本件通知預金をする際、原告に対し、右二〇億円の借入れの担保として協和商工信用のために右預金に質権を設定するのに必要な書類であると偽って、預金払戻・解約請求書(乙三)に押印させて、これを取得した。

森本は、その後、質権を設定することなく、平成二年四月三日、右預金払戻・解約請求書を原告に無断で使用して本件通知預金の払戻しを受け、自己の管理する原告名義の普通預金口座に入金した上、右口座から払戻しを受けて自己のために全額費消した。

(2) 森本の右不法行為は、被告の行員である森本が被告の事業の執行につきしたものである。

(二) 被告の主張

前記1(一)のとおり、原告は森本に対し本件通知預金の払戻しに関する代理権を授与するとともに、払い戻した金員を森本において自己の裁量で使用することについて承諾を与えていたから、原告主張の不法行為は成立しない。

4  被告の相殺の抗弁(仮定的)の適否

(一) 被告の主張

(1)ア 協和商工信用は、原告に対し、昭和六三年三月一六日付け取引約定書に基づき、平成三年二月一日付け原告振出の約束手形により弁済期・同年八月一日の約定で二〇億円を貸し付けた。

イ 被告は、平成四年三月三〇日、協和商工信用から、原告に対する右貸金債権二〇億円のうち元本一五億円の債権について譲渡を受けた。

ウ 協和商工信用は、原告に対し、同日付け内容証明郵便で右債権譲渡の通知をし、右通知は、同年四月一日、原告に到達した。

(2)ア ジェイ・イー・インベストメント株式会社(以下「JEI」という。)は、大康ファクターに対し、平成二年二月一三日、①弁済期・平成七年二月一三日、②利息・年一一・五パーセント、③利息は平成二年二月一三日、同年八月一二日並びに平成三年から平成六年まで毎年二月一二日及び八月一二日に支払う、④右利息の支払を遅滞したときは期限の利益を喪失する、との約定で、三〇億円を貸し付けた。

イ 原告は、JEIに対し、平成二年二月一三日、大康ファクターの右借入金債務を連帯保証した。

ウ 大康ファクターは、平成三年八月一二日支払分の利息について、同日の経過により遅滞し、期限の利益を喪失した。

エ 被告は、平成五年八月三〇日、JEIから、原告に対する右貸金債権の譲渡を受けた。

オ JEIは、原告に対し、同日付け内容証明郵便で右債権譲渡の通知をし、右通知は、同年九月一日、原告に到達した。

(3) 被告は、原告に対し、平成六年一二月七日の本件口頭弁論期日において、右(1)の貸金債権元本一五億円と本件通知預金債権元本二〇億円のうち一五億円を、同(2)の貸金債権元本三〇億円と本件通知預金債権のうち残元本五億円及び元本二〇億円に対する平成二年三月二七日から平成六年一二月七日までの利息債権を、それぞれ対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(二) 原告の主張

(1) (1)のうち、ア及びウは認めるが、イは不知。

(2) (2)のうち、ア(貸付け実行日は、平成二年二月二一日に一〇億円、同年三月一六日に二〇億円である。)、イ及びオは認めるが、ウは否認し(平成三年四月二三日まで合計四億二五六万一六四三円を支払っている。)、エは不知。

なお、原告の予備的請求との関係では、相殺の抗弁は、主張自体失当である。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告と森本との関係及び森本のあっせんによる事業資金の借入れ状況

甲一六、乙四の1、2、六、証人森本、同福島の各証言及び原告本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、①原告は、昭和六三年二、三月ころ、知人の紹介で森本と知り合い、森本に対し、資金の借入れ先のあっせんを依頼し、森本から、被告秋葉原支店に大口の協力預金をすることを条件に、右借入れ先のあっせんを受けて、後記(一)以下のとおり、自己名義のほか、一休名義及び大康ファクター名義で資金の借入れをしたこと、②右借入れに当たっての手続は、すべて森本が行い、原告は、右借入れ先とは直接接触しなかったこと、③右借入れ先は、いずれも、原告に対する右貸付資金をノンバンクから借り入れたものであるが、右借入れに当たっては、ノンバンクとの間で、右借入金を被告銀行に通知預金をし、右借入金債務の担保として右通知預金にノンバンクのために質権を設定することを約束していながら、森本と共謀の上、いったんは通知預金をしながら質権を設定することなく直ちに払戻しを受け、その資金をもって原告に貸付けをしたものであること、以上の事実が認められる。

(一) 昭和六三年四月一一日、那須洋司(以下「那須」という。)の経営する日本プレシジョンは、日貿信から一〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月一八日、その解約をして、原告に一〇億円を貸し付けた。

(二) 同年七月八日、日本プレシジョンは、セントラルファイナンスから一〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月二六日、その解約をして、原告に一〇億円を貸し付けた。

(三) 平成元年八月一〇日、引田三喜夫(以下「引田」という。)の経営する有限会社三信企画(以下「三信企画」という。)は、日貿信から一〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月二三日、その解約をして、一休に一〇億円を貸し付けた。

(四) 同年一〇月三一日、引田の経営するエムアンドエムは、日貿信から二〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同年一一月七日、その解約をして、一休に二〇億円を貸し付けた。

(五) 平成二年二月一四日、那須の経営するJEIは、日貿信から三〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月二一日、その解約をして、大康ファクターにその一部の一〇億円を貸し付けた。

(六) 同年三月七日、JEIは、協和商工信用から二〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月一五日、その解約をして、原告に二〇億円を貸し付けた。

(七) 同年一一月二二日、JEIは、オリックス株式会社から九〇億円を借り入れ、同日、被告に同額の通知預金をした上、同月二九日、その解約をして、翌三〇日、一休にその一部の三〇億円を貸し付けた。

2  森本のあっせんによる資金の借入れと協力預金の状況

甲一六、乙四の1、2、五、六、証人森本、同福島の各証言及び原告本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、①原告は、右1のとおり森本のあっせんで他から多額の融資を受けた見返りに、同じく森本のあっせんで、後記(一)以下のとおり、ノンバンクから融資を受けて、これを被告秋葉原支店に協力預金として、通知預金あるいは定期預金をしたこと、②前記第二の一2の本件通知預金を含む一連の預金も、右の協力預金の一環としてされたものであること、③原告のノンバンクからの右借入れについても、原告は、当初の協和商工信用からの借入れについては、森本の紹介で協和商工信用の担当者と接触をもったが、その後の借入れについては、右借入れ先とは直接接触をもたず、森本が借入手続すべてをしたこと、④森本は、右協力預金についても、その継続、解約払戻し、右払戻金によるノンバンクへの返済等の手続も、すべて自ら行い、原告は、借入れ当初に森本から求められるままに必要書類に押印して、これを森本に事前に交付し、その後は、すべて森本に任せていたこと、⑤原告が右協力預金をするためにノンバンクから右借入れをするに当たってはノンバンクとの間で、右借入金債務の担保として右協力預金にノンバンクのために質権を設定することを約束しており、当初はその約束のとおり質権が設定されていたが、本件通知預金については、森本が意図的に質権設定の手続をしなかったこと、以上の事実が認められる。

(一) 昭和六三年三月一六日、原告は、協和商工信用から一〇億円を借り入れ、同日、被告秋葉原支店に同額の通知預金をし、同年四月一四日、その解約をして、協和商工信用に返済した。

(二) 同年六月一〇日、原告は、協和商工信用から一〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の定期預金をし、同年五月一〇日、その解約をして、協和商工信用に返済した。

(三) 平成元年三月一五日、一休は、日貿信から二一億円を借り入れ、同日、同支店に同額の通知預金をし、その後定期預金に組み替えた上、同年五月二六日にその解約をして、同月二九日、日貿信に返済した。

(四) 同年七月二八日、原告は、協和商工信用から一〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の定期預金をし、同年一〇月三〇日、その解約をして、協和商工信用に返済した。

(五) 同年七月三一日、一休は、セントラルファイナンスから五億円を借り入れ、同日、同支店に同額の通知預金をしたが、同年八月七日、その解約をした。しかし、その払戻金は、セントラルファイナンスへの返済に充てられず、後記認定のとおり、平成二年四月三日に本件通知預金の払戻金の中からセントラルファイナンスに返済されている。

(六) 平成二年六月二九日、原告は、セントラルファイナンスから一〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の定期預金をし、同年九月三日、その解約をして、セントラルファイナンスに返済した。

(七) 同年一〇月二三日、原告は、協和商工信用から二〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の通知預金をしたが、同月三〇日、その解約をした。しかし、その払戻金は、協和商工信用への返済に充てられず、その後、平成三年一月三〇日、「北見事務所」からの振込金で協和商工信用に返済されている。

(八) 平成二年一〇月三一日、一休は、協和商工信用から三〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の通知預金をしたが、同年一一月一三日、その解約をした。しかし、その払戻金は、協和商工信用への返済に充てられず、その後、平成三年二月一日、「エーデル」からの振込金一五億円及び三信企画からの振込金二〇億円の一部で協和商工信用に返済されている。

(九) 平成二年一一月二一日、一休は、日貿信から三〇億円を借り入れ、同日、同支店に同額の通知預金をしたが、同月二八日、その解約をした。しかし、その払戻金は、日貿信への返済に充てられなかった。

3  右1の借入金の返済状況

乙六及び証人福島の証言によれば、①右1(三)の一休の三信企画からの借入金一〇億円の返済については、右2(九)の平成二年一一月二八日に解約された通知預金の払戻金三〇億円及びその利息金が被告秋葉原支店の一休名義の普通預金口座に振り込まれ、同月二九日に右口座から一〇億円余が三信企画と経営者を同じくするエムアンドエムの預金口座に送金されて、返済されていること、②右1(四)の一休のエムアンドエムからの借入金二〇億円の返済については、同(七)の一休がJEIから平成二年一一月三〇日に借り入れた三〇億円が被告秋葉原支店の一休名義の普通預金口座に振り込まれ、同日、大康ファクターを依頼人としてエムアンドエムの預金口座に二〇億円が送金されて返済されていること、以上の事実が認められる。

そして、証人森本の証言及び原告本人の供述によれば、右①及び②の返済手続は、すべて原告が関与することなく、原告の知らないままに森本が行っていることが認められる。

4  本件通知預金の使途

(一) 乙四の1、2、五及び証人森本、同福島の各証言によれば、①森本が平成二年四月三日に解約・払戻手続をした本件通知預金については、同日、払戻金全額が被告秋葉原支店の原告名義の普通預金口座に入金された上、同日、同口座から五億八〇万円が払い出されて、被告本店のセントラルファイナンス名義の当座預金口座に一休を振込人として振り込まれ、右2(五)の一休のセントラルファイナンスからの借入金五億円の返済に充てられていること、②その後、右の原告名義の普通預金口座から、同月六日、三億一〇〇〇万円が払い出されて、荒川信用金庫二之坪支店のヨシダノブオ名義の預金口座に三億円が、被告秋葉原支店の坂本新一名義の預金口座に一〇〇〇万円がそれぞれ原告を振込人として振り込まれ、同月一二日、四億四一六万三五九八円が払い出されて、富士銀行自由ケ丘支店の大和證券株式会社名義の預金口座に菅原克明を振込人として振り込まれ、さらに、被告銀行秋葉原支店の日本プレシジョン名義の預金口座に二億四三三三万一七三四円が振り込まれ、同月一八日、二億七二一円が払い出されて、右ヨシダノブオ名義の預金口座に二億円が同人を振込人として振り込まれ、同月二三日、一億七二一円が払い出されて、右ヨシダノブオ名義の預金口座に一億円が同人を振込人として振り込まれ、同月二四日、四億七〇〇〇万七二一円が払い出されて、右ヨシダノブオ名義の預金口座に四億七〇〇〇万円が同人を振込人として振り込まれたこと、③右の原告名義の普通預金口座からの払出手続は、すべて森本が原告の承諾を取ることなく、原告の知らないままに行っていること、以上の事実が認められる。

(二) ところで、原告は、一休のセントラルファイナンスからの右2(五)の借入金五億円については、一休はその返済のために平成元年一二月二五日に四億円の、平成二年一月二九日に一億四四四一万三六六四円の各預金小切手を森本に交付しているとし、それにより全額返済されているはずのものである旨主張し、原告本人は、これに沿う供述をしている。そして、甲一六にも、原告の同様の陳述記載がある。

確かに、甲一七及び一八の各1、2によれば、平成元年一二月二五日に富士銀行神田駅東支店の一休名義の普通預金口座に一休が四億円を振り込んだ上、同日、それを払い戻して、同支店の大康ファクター名義の普通預金口座に四億円を振り込み、大康ファクターが四億円の払戻しを受けていることが認められる。

しかし、甲八の1ないし4によれば、同支店の一休名義の普通預金口座からは額面四億円の預金小切手は作成されておらず、平成元年一二月二五日には同支店の大康ファクターの普通預金口座から額面三億八四七七万六七一三円の預金小切手が作成されているにすぎないこと、及び右預金小切手については、光貴株式会社がその支払を受けていることが認められる。

また、甲九の1、2によれば、原告主張の一億四四四一万三六六四円の預金小切手も、引田がその所持人として平成二年一月二九日に大和證券株式会社に自己の株式取引代金の決済として入金していることが認められる。

右認定事実に照らすと、原告の右供述及び陳述記載のみから原告の右主張事実を認定することは難しく、他に、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

5  被告秋葉原支店の原告名義及び一休名義の預金口座及び預金通帳の管理状況

証人森本及び原告本人の供述によれば、①原告、一休又は大康ファクターの右1及び2の各借入れに利用された被告秋葉原支店における原告名義及び一休名義の普通預金口座並びに右2の協力預金に係る定期預金口座及び通知預金口座については、その預金通帳は、森本がほとんどの期間所持して管理し、右口座からの払戻しに使用する預金払戻・解約請求書についても、森本が原告と親しくなってからは、したがって、遅くとも本件定期預金が解約されて本件通知預金がされた平成二年三月二七日ころまでには、森本は、常時、原告から三枚ないし五枚の預金払戻・解約請求書に原告又は一休の届出印の押なつを受けて所持し、これを利用して、事前に原告の承諾を得ることなく右各口座から払戻しを受け、その払戻金を自己又は原告のために適宜使用し(右3の事実は、その端的な現れである。)、事後においても、その都度原告の承諾を得ることはしていなかったこと、②右4(一)のとおり森本が本件通知預金の解約・払戻手続をした上、これを原告名義の右普通預金口座に入金手続をした上、その後右口座から払戻手続をしたのも、右のようにあらかじめ原告から多数の預金払戻・解約請求書の交付を受けていたことから、これを利用して行ったものであること、以上の事実が認められる。

6  本件通知預金払戻し後の状況

甲一、証人森本の証言及び原告本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、①原告は、平成二年一一月ころ、被告秋葉原支店の原告名義及び一休名義の普通預金口座に多額の現金の出入りがあったことから、その使途をめぐって税務調査を受け、その応対をする中で、本件通知預金が同年四月三日に解約されて払い戻された上、右4(一)のとおり使用されていること及びそれが森本によるものであることを知ったが、原告は、その後、そのことに関して、森本に対し口答で苦情を言ったのみで、平成三年に入って森本、那須及び引田らの右1のノンバンクからの不正借入れ等が刑事事件として表面化し、そのことに関する捜査当局の原告からの事情聴取が終了する平成四年一月ころまで、それ以上に、被告に調査を求めるとか、被告の法的責任を追及するなどの行動に出なかったこと、②原告は、協和商工信用からの本件二〇億円の借入れについて、既に右借入れのために質権が設定されているべきはずの本件通知預金が右のとおり払い戻されていることを知りながら、平成三年二月一日、原告振出の二〇億円の約束手形を協和商工信用に差し入れて、右借入金の借換えに応じており、その際も、協和商工信用に対してはもとより、被告に対しても、本件通知預金払戻しの事実について、苦情を言うような行動にも出ていないこと、以上の事実が認められる。

そして、原告の主張によれば二〇億円もの大金が森本により無断で払い戻され、使用されたというのに、原告本人が、右のように被告に対し本件通知預金払戻しに関して調査を求め、あるいは法的責任を追及するなどの行動に出なかった理由として述べる内容は、森本から融資のあっせんを受けて世話になっていたから、あるいは税務調査が行われている以上、被告も当然に右払戻しの事実を知ってしかるべき対応を取ると思ったからなどというものであって、到底首肯し得るものではない。

7  森本の本件通知預金払戻しの代理権及び払戻金の使用権限の有無

以上1ないし6で認定した原告と森本との関係及び森本のあっせんによる事業資金の借入れ状況、森本のあっせんによる資金の借入れと協力預金の状況、右事業資金としての借入金の返済状況、本件通知預金の使途、特に本件通知預金の払戻金の中から五億八〇万円が一休のセントラルファイナンスからの借入金五億円の返済に充てられている事実、被告秋葉原支店の原告名義及び一休名義の預金口座及び預金通帳の管理状況並びに本件通知預金払戻し後の状況を総合すると、原告と森本との関係は、もともと原告が被告から融資を受けるためというよりも、森本との個人的関係の色彩の極めて濃い日本プレシジョンほか数社から事業資金を借り入れるためにそのあっせんを受けるということから出発したもので、当初から単なる被告の顧客と行員の関係にあったものではなく、そのような関係をはるかに逸脱したところに成立していた個人的関係にあったものといわざるを得ない。そして、原告は、森本を通じて多額の事業資金の借入れを受けるために、その借入手続のみならず、その見返りとしての協力預金の手続及びそのためのノンバンクからの借入手続も、すべて森本にゆだね、それに伴い、両者間に生じていた特別の信頼関係から、右各手続のために利用した被告秋葉原支店の原告名義及び一休名義の預金口座及び預金通帳の管理も、換言すると、右口座の入出金及び払戻金の使用も、すべて森本の判断にゆだねた状況にあったものというべきである。右6で認定した本件通知預金払戻し後の状況に見られる原告の行動も、そのようなものとして初めて理解することができる。

したがって、右1ないし6の認定事実を総合して判断すれば、森本は、本件通知預金の払戻しの手続を原告の代理人として行ったものであり、かつ、原告は、遅くとも右払戻しの手続がされた平成二年四月三日当時、森本に対し、右払戻しの代理権を含む被告秋葉原支店の原告名義及び一休名義の預金口座の払戻しに関する包括的な代理権を授与していた上、右払戻しを受けた金員を森本が自己の判断で自己又は原告のために使用することについても包括的に承諾を与えていたものと認定するのが相当である。

そうすると、本件通知預金は、原告の代理人である森本によって既に全額払い戻されていることになるから、原告の本件通知預金の一部一〇〇〇万円の支払を求める主位的請求は理由がないことになる。

二  争点3について

右一で認定判断したとおり、森本は、原告から包括的に授与されていた代理権に基づき、本件通知預金の払戻しを受け、右払戻しを受けた金員をあらかじめ原告から包括的に承諾を得ていた使用権限に基づき使用したものであるから、右払戻しと使用に関して不法行為が成立する余地はない。

したがって、右不法行為が成立することを前提とする原告の予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第四結論

よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、棄却する。

(裁判官 横山匡輝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例